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大敗と大敗 [競馬ライター]

ゴールデンウィーク。

と言ってはみたけれど、毎日がお休みといえばお休みみたいな売れないフリーランスにとっては、そんなにたいしたものじゃないというか、まったくたいしたものじゃないというか、少なくとも有り難がるということはほとんどない。逆に、クライアント的な、つまり仕事相手の会社組織さんたちがみんな休みに入る前にいろいろ仕事を振ってきて、いや振ってくれるだけならいいんだけど休みたいから早くやっちゃってくださいねみたいな感じになると、これはつまり俗にGW進行と呼ばれる、たんなる下請けへのしわ寄せ的な現象でしかないわけで。いつになく「的な」という表現が多くなってるけど、たまたまです的な。

このところ毎年、GW序盤に京都で行われる天皇賞・春を見に行くのには、GWの渋滞を避けるため前日にクルマで東京を出て、京都は宿が高くて、いや高いだけならまだしも予約が取りにくくなってるので、少し手前の三重や岐阜あたりで泊って翌日、京都競馬場へという方法を採っている。で、いつもは参加者たちは土曜日に東京の青葉賞後、検量室前で取材がてら集合して、最終レースの行方を見つつおもむろに揃って出発しているわけだが、今年は僕だけ、ちょっと別行動になってしまった。土曜日、等々力で川崎フロンターレのゲームがあったからだ。

結局、15時からのゲームを観戦して、試合終了後すぐにスタジアムを出て、東京競馬場からやってきたクルマに武蔵溝ノ口あたりで拾ってもらい、出発という作戦にしてもらった。

そのフロンターレのゲームは、サンフレッチェ広島戦。けっこうスポーツニュースなんかで露出もされていたけど、相馬監督が解任されて、2試合の望月コーチの代行期間を経て、そんで新監督に風間八宏が就任して最初のゲームだったのだ。これはどんなサッカーをするのか、自分の目で確かめなくては! という人がたくさんいて、スタジアムはほぼ満員、観客は2万人近く入った。

というあからさまにスポーツ的な注目点とは基本的には無関係に、この日も試合前のフロンパークではいつものようにいろいろ催し物が行われていた。

相撲.JPG 手形.JPG

いつもの春日山部屋の力士が作る「塩ちゃんこ」が、この日は餅が入った「力塩ちゃんこ」に! これは食べなければ! という人がたくさんいて、ブースの前はすごい行列になっていた。「ちゃんこ」といえば、昔週刊ファミ通って雑誌で編集をしていた頃の同僚に、チャンコ増田っていう知る人ぞ知る名物編集者がいた。名物のくせにわりと突然、誰にも言わず編集部を辞めたんだけど、その際に担当していたページを手つかずのまま放置していて、僕は同じチームにいたので、尻ぬぐいでたいへんな思いをしたんだよなあ。どうしてるかな。

あとは、ウチワと選手の手形入りの色紙のセットが抽選販売されていた。これは、事前にWebで申し込んで、当たった人だけが買えるというもの。当たるのは100人で、側でスタッフの会話を聞いていたら、5倍くらいの倍率だったとのこと。で、これ、ウチの奥さんが応募して、当たっていたのだ。

ただし、買えるとはいっても、そこからがまたたいへんで、その100人は当日、またくじ引きをして、そこでようやく、選手11人のうち誰のものを買うことになるのかが決まるというシステム。奥さんは、田坂のが欲しいと言っていたんだけど、さすがに選べないんじゃしょうがないよね、と言いながら、くじ引きへ。

くじ.JPG 当たった.JPG

ありゃ、ほんとに田坂が当たったよ。

これにはびっくり。奥さんは大喜び。これは今日、たっぴーが大活躍して大勝する前触れじゃないの?と興奮していたのだが……。

ゲームは1対4の敗戦。大敗でした。新監督のサッカーは、たった3日しか準備期間がなかったというのに布陣から何からドラスティックに変えてきて、じつはそんな感じになりそうだという情報を得たときから、もしかしたらこれはサッカーにならない可能性もあるかな、とは思っていたのだ。だから、そんなに驚きはしなかった。

逆に、これだけ大敗するってことは、本気でここまで積み上げてきたものをいったん壊して新しい建物を建てようとしてる証明なのかな、とも思う。ただ壊してるだけで新しい建物なんか建たないだろこれじゃ、という見方もあるかもしれない。でもこれはもう実際に見て感じた空気でしかないけど、まだ今のところは、期待しながら応援したいなあ、と思うものだった。だって、まるで相手の佐藤寿人みたいな動きによって生まれたヒロキのゴールには、心から驚いたし、感動したからね。

そんなわけで、試合後は話題の新東名を使って西下。新東名、アップダウンやカーブを極力少なくしてあって、路面もいいし、もう驚愕の走りやすさ。疲れ方がぜんぜん違う。で、その日は名張ってとこのホテルに泊って(なぜ名張なのかについて説明を始めると収拾がつかなくなりそうなのでカット)、翌日は京都競馬場へ。27度くらいあって、いやはや暑いなんてもんじゃなかった。

ご存じのように、オルフェーヴルは大敗した。いろんな人がいろんな理由を推測してるけど、馬が明らかにやる気がなかったというのは本当だと思う。やる気がないったって、本当に強いならもうちょっと頑張れるんじゃないの、と思う人もいるかもしれないけど、意外とそんなことはなくて、やる気みたいなもので走りがガラッと変わることはどんな馬にも起こるし、それが起こりやすいかそうでないかもまた、馬の特徴というか性格によってぜんぜん違う、で、オルフェーヴルは、ガラッと変わる方の馬なのだ、絶対。それも極端に。

これほどの大敗は、その「ガラッと」がどんな馬より激しいことの表れなんだと思う。こういうのをきっかけに、「やる気」を取り戻せないまま終わってしまう馬も、悲しいことによくいる。でも今のところ、オルフェーヴルに関しては、これを機に陣営が抜本的改革を施すことに期待しながら注視していきたい。

帰りは、行く道、行く道がことごとく空いていた。反対車線はぎっしり、みたいな箇所も多かったので、GWの影響がいい方に転んだということだと思う。で、いつもより速く進めたので、ここは亀山や四日市ではなく、中央道を使わなくてもすむので岐阜や甲府でもなく、静岡まで爆走して夕飯を食べようじゃないか、ということになった。以前、やはり道路が空いていたときに浜松餃子にまで辿り着いたことがあったが、今回は東名より少し山側を通る新東名を走りたくてたまらないので、浜松はちょっとロスがある。そこで、メンバーのTBTがいつものようにスマホを駆使して、ってほど大げさなことはしてないとは思うが、富士宮焼きそばの名店を探し当てたので、そこへ行ってみようということになった。

つぼ半.JPG 説明.JPG

「つぼ半」というこの店は、創業54年だとか。そういったお店の歴史や、富士宮焼きそばの特徴やらを、おばちゃんが目の前の鉄板で焼いてくれながら解説してくれて、へえ、そうなんですか、わあ、すごいですねえ、とか言いながら聞いていたのだが、おばちゃん、隣のグループ相手にも、まったく同じ会話をしていた。向こうも僕たちと同じく遠方から来た一見さんで、この店にはそういう客ばかりがガンガン来るので、おばちゃんのしゃべりも、もうすっかり定型化しているようだった。

やきそば.JPG

で、焼きそばはこれ。正直、SAや競馬場なんかで富士宮焼きそばと名の付くものは食べたことあるけど、そのどれとも違う、というか一般的な焼きそばとはずいぶん違うものだった。かつお節の代わりにかけるイワシの粉も独特の魚くささだし、たぶん、かん水の含有量がめちゃくちゃ多いと思われる麵はものすごく固いし、そうか、これが富士宮焼きそばってものか、初めて知った、という感じ。ちなみにいっしょに「富士宮お好み焼き」も食べたけど、これまた超独特。もう一度食べたいか、と言われると、うーん、どっちでもいいや、というくらいだったりするけどね。それより甲府の鳥モツ煮、もう一度食べたいなあ。。。

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『優駿』5月号とテープ起こし [競馬ライター]



『優駿』5月号が、4月25日(水)に発売になる。例によってちょっと早いけど、忘れてていつの間にか過ぎていたということになっちゃう前に、告知を。

今月号は天皇賞・春の記事と、連載「My Style」を。連載の今回のインタビュイーは、草野仁さん。前回の三遊亭好楽師匠と同じで、しゃべるプロの人だから、いやあ、話が淀みなくて面白い。同じ1時間、話を聞くにしても、こういう人が相手だと内容がめちゃくちゃ詰まってて、テープ起こしをするとその素材の量の多さに茫然とする。いや、もちろん使っているのはテープじゃなくて、ICレコーダーなんだけど。

今はもう、ICレコーダーで録った音をファイルでパソコンに移して聞きながら起こしていくんだけど、この作業、いまだに僕だけじゃなく、みんなが「テープ起こし」って呼んでる。他にいい呼び方が発明されないまま、ここまできちゃったんだね。そしてこの「テープ起こし」、好きだという人に会ったことがない。

やってみたことのある人はわかると思うけど、この「テープ起こし」ってやつは、かなり時間がかかる。最低でも、録られている音と同じだけ以上はかかる。当たり前か。でも、その岩のような当たり前さが、起こす者をうんざりさせるのだ。人にもよるし素材にもよるけど、録られた音の2倍くらいの時間じゃ普通は終わらない。僕は3倍、つまり1時間のインタビューなら3時間はかかると見込んで作業にとりかかるけど、3時間もノンストップでこの作業はできない――途中で息切れしちゃう――ので、実際にはもっとかかる。

そして何がイヤかって、自分の声が入ってるのを自分で聞くというのが、テープ起こしが気がすすまない原因の最たるものだと思う。

いや、「声」はいいのだ。たぶん本当にイヤなのは「声」じゃなく、その場で話している自分の「考え」が透けて見えちゃう――当たり前だ。岩のように。だって自分の「考え」なんだから――からなんだと思う。ここで調子よくペラペラ話してるヤツの「考え」の浅薄さ、さも深い考えのもとに質問しているようでいて実は用意してきたものか、でなければ行き当たりばったりの問いかけ、さも深く納得しているかのようでいて実は相手の機嫌を取ることしか考えていない相づち。そういった一つ一つが、全部見えてしまう。

そういう、ずるさや怠慢やごまかしを、人は積極的には見たいと思わないものだ。でも、面と向かって見なくちゃいけない。それが「テープ起こし」。苦痛なんだよな、これ。

とまあ、そんな苦労の果てに完成した「My Style」第3回、どうぞお楽しみに(笑)。草野さんは、自分のイメージを取り繕うような慎重さや警戒心を感じさせる部分がぜんぜんなくて、すごく開けっぴろげな人だったなあ。

天皇賞・春の特集はオルフェーヴル――じゃなくて、オルフェーヴル以外の有力馬についての原稿を書かせてもらった。嬉しかったのは、ネコパンチの原稿が書けたこと。まさかネコパンチの原稿をG1特集で書く日が来るとは。思わずちょっとだけ力が入った。どう力が入ったのかは、読んでもらったら勘づくと思うけど。

で、一応わからない人のためにネコパンチについて説明――しようと思ったけど、めんどくさいのでやめた(笑)。この、一度聞いたら忘れないインパクトのある名前を持つ競走馬がどんなやつなのか、興味を覚えたら『優駿』を読んで、そして自分で見に行ってみましょう。かわいいヤツだよ。

僕も天皇賞・春は、例によって「高速1000円隊」で行くことになると思う。そうじゃなくても、見ておかなくちゃいけないレースなので、どうにかして行くことにはなると思うけど。もし車なら、今回はさっそく噂の新東名を走ることになるのかな。
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クラシコと桜とサイン [日記]

原稿仕事がプチ一段落。いつも思うけど、フリーライターってちょっと仕事が重なっただけでいきなり身動きが取れなくなる、なんとも弱い生き物だよなあ。一人で2つの仕事は絶対に同時にできないんだから。

組織にいたって、たいていの仕事というか作業は最後は一人でやるものだけど、その振り分けがいかになんとなく、ちゃんとうまくできていたのかを、離れてみて思い知る。人が複数、集まって何かをするというのは、やっぱり特別なことなんだなあと思う。

で、そんな合間を縫って何をしていたかというと、まあサッカー観に行ったりしてたんだけどね。

4月1日の日曜日は、初めてJ2のゲームを観に行ってきた。町田市立陸上競技場で、町田ゼルビア対東京ヴェルディ。動機は、昨年まで川崎フロンターレにいたGKの相澤がゼルビアにいるので、そのプレーを観に行きたいなと以前から思っていたから。J2を観るのは初めてだったけど、面白かった。

ご近所同士のクラブの対決ということで、サポーターのライバル意識を煽ろうと「東京クラシック」と名付けられたこの一戦。さすがに初めての対決からいきなり「クラシック」は、なんか違うだろとは感じるけど、でもまあ営業的なことを考えるとしょうがないかとも思う。他にいいアイデアがあれば、ぜひ提案してみたいところだけど。

あいざわ.JPG

相澤は元気でしたよ>気になっている川崎サポの人たち。
ゲームは1-2で負けたので写真のようにむっつりしてるけど、失点はまあ仕方ない感じだったし。さすがに、スピードという点ではちょっと物足りないと思ったけど、経験も含めた総合的な力はJ2なら大いばりでしょ。

ゼルビアのサッカーは、ポポビッチのパスサッカーの延長線上だけど、それより選手間の距離が遠めで、ダイナミックな展開も多いパスサッカーだと思った。それがアルディレス監督のスタイルの特徴なのかどうかまではちょっとわかんないけど。庄司っていう大卒ルーキーのボランチは、なかなかいい選手だと思ったな。視野が広くて、ボールを触りによく動いて、チャレンジングなパスを出していて。

まちだ.JPG

で、これが一部で話題の仮設メインスタンド。お役所仕事とはこのこと。だってお役所にしか見えないよ(笑)。


翌週の日曜、4月8日には、等々力で川崎フロンターレ対FC東京。「多摩川クラシコ」と銘打たれた対決だけど、なんだよ、また東京で、またクラシコかよ、って感じではある。まあこちらはちゃんと歴史を重ねていて、どんどん「クラシコ」の名にふさわしい対決になっていってるわけだが。

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川崎は、相手が後半早々に1人退場して10人になったにも関わらず、1点も入れられず、逆に終了間際に失点して0-1の敗戦。前節の浦和戦のこともあるからか、意外なほどすんなりとブーイングが起きたけど、僕はそのブーイングの中、いっしょうけんめい「悪くないよ―!次がんばろうよー!」って声をかけた。だって内容はほんとに悪くないというか、これまでより少しずつ良くなってると思ったしね。でも、ブーイングの方が大きくて、かき消され気味ではあって、そのせいで声が少し潰れた。そして、なんとこの3日後、相馬監督は電撃解任された。驚いた。

サポーターの声が届いた結果、かどうかはわからないけど、でもブーイングした人にとっては、望み通りの結果だったろう。とも単純には言えないのがこの問題のいちばん難しい部分で、例えば「私はふがいない結果と采配に対してブーイングはしたけど、それは奮起を促すためで、監督を解任しろとは思っていなかった」という人もたくさんいるだろうし、こうなるといったい何が総意なのか、そもそも「声」って何なのか、「声」に何ができるのか、「声」はどこまで望まない事態を引き起こしてしまう、不完全なコミュニケーションツールでしかないのか、という問題になってくる。

いずれにせよ、サッカーを競技場へ観に行くモチベーションの一つには、「声」が何らかの形で通じる場所だから、というのは絶対にある。少なくとも僕はそうだ。そして、その通じ方も一つだけじゃない、ということを、僕たちはこうして学ぶ。

事は「声」に限らない。文章表現をはじめ、すべての「表現」は、どんなに複雑な思いがそこに込められていようと、最終的なアウトプットの段階ではある具体的で単純な形を取らざるを得ず、その「複雑な思い」とは絶対に、これは避けようがなく齟齬が存在することになる。そうした「表現」は社会的に集積され、集団的なイメージとなって――吉本隆明はそれを「共同幻想」という言葉で呼んだわけだが、立ち現れ、それがまた次の個人の「表現」にフィードバックされる。そのことに諦めのような感情を抱いたり、冷めてしまったりしない者が、また物好きにも「表現」をし続ける。スタジアムに通い続ける。そういうことなんだろうな、と思う。


はなみ.JPG

4月10日の火曜日には、日暮里の谷中霊園で桜を見た。重い病気にかかっている知り合いに、車椅子で連れ出して満開の桜を見せてあげようよ、という企画に、僕はわりと遠い知り合いなのだが、誘っていただいたのでお付き合いさせてもらった。

酒が好きなくせに、なぜか僕はほとんど「花見」らしい「花見」をしたことがない。今回も、そういう意味ではシートを引いてネクタイを額に巻いていろんなもの飲み食いして、というものではぜんぜんなくて、飲める者だけが缶ビールを手にしながら、桜の木の下で記念写真を撮り、しばらく立ち話をした、という程度のものだった。でも、ああ花見っていいなあ、と心から思ってしまった。これ絶対、1週間で散るくせにここまで派手に、一斉に咲く桜ってやつのせいだよな、としみじみ思ったが、そんなの今さら気づくなって話かな、やっぱり。


とまあ、いろいろあったというわけでもないが、それなりにうろうろしていてこの数週間だが、最も印象に残った出来事は、仕事の中で起きていた。競馬に興味のある若者の育成牧場の見学に同行して、そのレポートを書くという仕事に行ったときのことだった。

レポートを書くためには、参加者にいろいろ感想なんかを聞く必要があって、だから20名ほどの参加者に最初に自己紹介をして、みんなといっしょに見学して回りながら、ちょこちょこと話をしていた。で、その合間のちょっとした時間に、参加者の一人、中学生の男の子が雑誌の『優駿』の最新号を持って、僕のところにやって来て、こう言ったのだ。

「軍土門さん、サインしてください」

仰天した。見ると、僕が書いた最新号のフェブラリーSの観戦記のページが開いてあって、少年は黒いマジックペンを持っていた。

サインってものをするのは正直に言うと2回目だが、こういうケースは初めてだった。よく、小学生や中学生の頃、「将来有名人になったときに備えてサインを考えたので、お前にしてやる!」とか言って友達の教科書とかに勝手にサインしたりしたこと、みんなないかな? 僕はあるんだけど。でも、まさか本当にサインすることになる日が30年も経ってやってこようとは、さすがにそのときもその後も、想像だにしたことはなかった。いやあ、狼狽した。

当然、若き日に考案し、友達の教科書で練習したサインが「待ってました!」とばかりにスラスラ出てくるわけがない。そんなもの覚えてない。というか、こんな適当なペンネームを自分がつけて、それが意外に流通し出すことになるなんて。

で、激しく動揺しながらも、僕はサインをしたわけだ。

軍土門1.JPG

書きながらも、半分上の空で、なんかぺらぺらしゃべってたと思う。「えー、オレ? いいの? 書いちゃうよ? あんま慣れてないんだけどね。ああ驚いた。でも光栄です」とか、もう支離滅裂な感じで。頭の中がそんな感じなのに加えて、なにしろ書いているのは、圧倒的に書き慣れていないペンネームなのだ。手書きで書いた経験なんて、ほとんどない。だってそりゃそうでしょ。この名前で病院の問診票を書くわけじゃないし、クレジットカードの支払いをするわけでもないんだから。で、こうなった。

軍土門2.JPG

「あーっ!」





思わず大きな声を出してしまった。言わんこっちゃない、失敗した。

「ごめん!失敗しちゃった!書き直すね」と僕は吹き出る汗を拭きながら言った。少年の顔を見たけれど、どう思っているのか、表情からは何も読み取れない。

軍土門3.JPG

で、書いたのが、これだ。もうこの頃には完全に顔から火が出ていて、名字しか書かずに、「はい」とペンを返してしまった。少年は「ありがとうございました」と言って、ぺこりと頭を下げた。そしてくるりと後ろを振り返って、去っていった。

少年よ、ごめんね。でも、誓って言うけど、ふざけたり、適当にあしらったりしたわけじゃないんだよ。
友達には「軍土門ってライターがいたから一応サインしてもらったんだけど、自分の名前、書けないでやんの。笑ったよ」とか、好きなこと言っていいから。
だから、くれぐれもがっかりしたり、落ち込んだりしないでほしい。ほんとに。

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モンジューの死 [競馬ライター]

モンジューが死んだ。敗血症による合併症だという。16歳だった。

以前にもここで書いたことかもしれないけど、1999年、当時雑誌編集者だった僕は、ライターとカメラマンを伴って、エルコンドルパサーの欧州遠征を取材するため、フランスへ行った。1度や2度じゃない。8月には夏を過ごすエルコンドルの取材、9月は前哨戦のフォワ賞を取材し、そして10月は凱旋門賞。各1週間くらいずつ、3ヶ月連続での渡仏だった。

この頃の経験は、僕にとって本当に貴重な、何にも代え難い財産となった。大げさではなく、その後の人生も、これらを経ていなかったらずいぶん変わっていただろうと思う。

エルコンドルパサーの1歳下のモンジューは、この年のアイルランドとフランスのダービーを勝っていて、凱旋門賞ではエルコンドルパサーの最大の敵となることが予想されていた。僕とライターとカメラマンは、そんな馬はちゃんと時間をかけて取材しなきゃいけないよね、と盛り上がり、8月にはモンジューが夏を過ごしていたドゥーヴィルまでわざわざ行って、同馬を管理するハモンド調教師にインタビューを敢行したりした。

9月のフォワ賞の日のロンシャンでは、こちらは3歳限定の凱旋門賞前哨戦であるニエル賞も行われていて、エルコンドルパサーの取材に来ていた僕たち日本人マスコミの目の前でこれを楽勝したのが、モンジューだった。

そしてあの、運命の凱旋門賞。

レースの翌日、僕たちはエルコンドルパサーの取材の合間に、モンジューの厩舎へ行ってみた。そんなことをしている日本のマスコミなんて、他に誰もいなかった。ハモンド調教師は不在だったが、厩舎スタッフは快く僕たちをモンジューに会わせてくれた。モンジューは疲れているのか、ものすごくおとなしかった。そりゃそうだろう。すごいレースだったんだから。今になってみると、なおさらその激しさはよくわかる。あんな感動的なレース、そうお目にかかれるもんじゃない。

その時に撮った写真がこれだ。

もんじゅー.JPG

馬房の外にも出してもらって、しばらくじっと眺めていたんだけど、その写真は撮ってない。

翌年、エアシャカールが遠征したイギリスはアスコットのキングジョージで、完璧なまでの強さでその挑戦を退けたときも、僕たちは取材に行っていた。直線、早めに抜け出して独走態勢のモンジューの背で、キネーン騎手が首を横にしてターフヴィジョンに目をやり、それで後続との差を確認していた姿は、今も目の前で見ているように思い出すことができる。

エルコンルドパサーは、あの凱旋門賞のあと引退したが、モンジューはそんなふうにしてしばらく走り続けた。ジャパンCにも来た。エルコンドルは引退して3年も経たずに急死してしまったが、モンジューは生き続け、種牡馬として英ダービー馬を3頭も出した。

エルコンドルパサーはもちろん僕にとって特別な馬だが、モンジューも同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に大きな意味を持つ存在だった。本当に、言葉にできないくらい、いろいろな意味で。

でも、そのモンジューもついに死んだ。16歳。まだまだ生きられるはずだったけれど、でも早すぎるというわけでもない。馬は引退し、やがて死んでいき、でも僕たちは生き続ける。それが競馬というゲームのルールだ。そして僕たちの胸の中には、去っていった無数の馬たちが残していった「何か」が息づき続けるのだ。ずっと、僕たちが生き続けている限り。

さよなら、モンジュー。じゃあね。

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新中京と鳥モツ [競馬ライター]

やらなきゃいけないことがにわかに山積しだした。やばいなあ。

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3月25日の日曜日は高松宮記念の取材のため中京競馬場へ。改修された新・中京競馬場の、これがパドック。新スタンドの真横に場所が移って、2階からも見下ろせるようになった。以前はもっと遠くにあったもんなあ。あの、すり鉢状になっていた妙な形態も、今考えてみれば個性的と言えば個性的だった。でもそれも、こうしてよくある感じになったわけだ。

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で、これが新スタンド。この日は特別と言えば特別だから基準にされても困るんだろうけど、凄まじい混雑で、はっきり言って完全にキャパシティを超えていた。同行していた石田敏徳さんが「競馬ブームの再来かと思った」って驚いてたくらい。で、混むのはいいんだけど、もう少しくらいは混むことを想定して作った方がいいんじゃないかと思うくらい、快適性に欠けていた。トイレの狭さは、行ったら誰もがびっくりするはず。男子トイレにあんなに行列ができて、それがずーっと解消しないという光景は、ちょっと見たことがない。

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直線は4コーナー方向へ延ばされて、京都の外周りより長くなった。直線の坂もへんなところに出来て、これはなかなか個性の強いコースになっていて面白かった。芝も長くて、おまけに路盤も緩めになっているようで、開催初日から時計はかかっていた。こういう傾向も最近じゃ珍しい。だって1200mの良馬場のG1で1分10秒台だよ。馬によってかなり得手、不得手が出るんじゃないかなあ。個人的にはこういうの歓迎。

最終レース後には、東海~関西方面のゆるキャラを集めた新装オープニング記念レースが行われた。

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有名どころは、奈良のせんとくんやJRAのターフィー、中京競馬場新スタンドのペガスターくらいで、あとはマイナーなのが多かったと思う。スタンド前の100mを走って3分半くらいで決着したんだけど、基本、走るというより、ほとんどのキャラがただそのへんをうろうろしてるだけにしか見えなかった。

れーす2.JPG

構造上、速いやつはほとんど人間なのですぐゴールできたはず。でもそこは空気を読んで、途中で止まって後続を煽ったり、なんだかんだと時間をつぶしていた。写真の右は、「やなな」というどこかの商店街のゆるキャラ。ものすごくよく動いていたというか踊っていたけど、たぶんこの格好で寒かったからというのもあったんだと思う。ところで、この「やなな」なんだけど……。

やなな.JPG

いや「非公式」ってそれいいの? そんなもん連れてきて。だったらなんでもアリじゃんか(笑)。


今回の中京も、もちろん「高速1000円隊」で行ってきた。高速は1000円じゃないし、ガソリンは驚異的な値上がりっぷりだしで、ほとんどコスト的には高速バスとかと変わらないレベルに近づいてきてるけど、でも自由度が違う。この日は東名が岡崎あたりから三ヶ日まで25㎞渋滞ということで、急遽、途中から中央道ルートへ。甲府で降りて、メシを食った。

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B級グルメのコンテストで優勝した鳥モツ煮は、さすがのおいしさ。というか、この店、蕎麦屋なんだけど、どのメニューも驚異的においしかった。また行きたいが、関西のレースの帰りに甲府に寄れる展開というのはそうそう巡ってこない。でも、無理してでもいつかまた行くことになりそうな予感。写真は寄りすぎて失敗気味。

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