送別会とふれあいタイム [川崎フロンターレ]
さて。Jリーグアウォーズの翌日、12月6日の火曜日は、等々力でジュニーニョの送別会があった。
なんだかよくわからないという人のために乱暴に説明すると、川崎フロンターレに9年間在籍したブラジル人エースが34歳にしてついに退団、あと少し現役を続ける場所はこれから求めるが、とりあえずいったんブラジルに帰ることとなり、その帰国2日前に急遽、異例ともいえるお別れ会の開催となったわけだ。すでにホーム等々力のラストゲームで満場のサポーターに涙の挨拶は済ませていたが、ジュニーニョほどの選手の退団にあたっては、やっぱあらためて場を設けたいでしょ、という感じかな。いずれにせよ、奥さんの行かないわけにはいかないでしょ!という一言で、冷たい雨の中、等々力競技場へと向かうこととなったわけだった。
この日はずっと強い雨が降っていた。おまけにめちゃくちゃ寒くて、夜19時からの送別会はいったいどんな感じになっちゃうのか、ちょっと心配ですらあった。

着いたら、一応スタメシは簡易版な感じで機能していたけど、あまりの寒さにみんなが注文するので、熱いおでんはとうとう売り切れになってしまった。

寒そうでしょ。

最初の挨拶のあたりでは、まだ雨は降っていた。この後は一応、サポーター全員がピッチに降りて、ジュニーニョと「ふれあいタイム」ということになっていた。「ふれあい」という曖昧な感じになっていたのは、人数やあるいはまさに天候によって何が可能で何が不可能なのか、その場になってみないとわからないから、ということみたいだった。で、雨はなんと、奇跡的にこの「ふれあいタイム」の直前に止んだのだった。

ここでジュニーニョがしたのは、この場に来たサポーター全員との、握手だった。握手しながら、「アリガト」と一人一人、目を見て言うのだ。この日、来場したサポーターはなんと3286人。途中で発表されたその数字を聞いて、雨は止んだけどさすがに全員と握手は無理だよなと思ったら、なんとそれが始まってしまった。心底驚いた。

僕たちは競技場のトラックに沿って列を作り、そこをジュニーニョが自分で進みながら握手していく。終わった人たちからスタンドに戻り、まだ終わってない人たちがスタンドから降りてきてまた長い長い列を作る。僕と奥さんは、中盤を過ぎたあたりで順番が回ってきた。結局、1時間20分のあいだ、白い息の中で休むことなく「ふれあい」は続けられた。正気の沙汰じゃない。ジュニーニョも、そのくらいしないと感謝の気持ちを伝えきれないんだということが本当によくわかった。
ようやく「ふれあい」が終わると、あとは「ジュニーニョのラストゴール」のイベントを残すのみだった。最後に、ジュニーニョがゴールにボールを蹴り込む姿を目に焼き付けようという企画だ。

ゴールを守ったのは、通訳の中山さん。キーパー用ユニは、松本のものだった。
そして最後の、ジュニゴール。

ゴールが決まった瞬間、コールリーダーがいるコアサポのエリアからサポーターたちがピッチになだれ込んできた。

ジュニーニョに抱きつくサポーターたち。

どんどん増えてくる。

どんどん増えてくる。もうジュニーニョがどこにいるのかよくわからない。

まだまだなだれ込んでくる。みんなで天を指さしている。

もうどうなっているのやら。

大騒ぎとなったラストゴールのイベント後、本当に最後の挨拶がジュニーニョからあった。

最後はジュニーニョも、「キュウネン、アリガト」と日本語で言うのが精一杯だった。いやあ、泣いちゃったなあ。

この送別会に来て、一つ自分でも思いがけない変化があった。最初は、ジュニーニョが別のチームでサッカーをするかもしれないという可能性について考えると、あまりいい気持ちじゃなかったのだが、本人と握手して、「アリガト」と言われて、今後ジュニーニョがどこでサッカーをしようとも、心からそれを応援したいという気持ちになったのだ。すごく遠くて薄いかもしれないけど、でもたぶん、僕たちはジュニーニョと友達になれたのだ。
お互い本当に去りがたい感じだったけど、でも送別会はもう終わりが近づいていた。最後は、スタンドの方を向いて手を振りながら後ろ向きに退場口まで去っていくジュニーニョ。

さよなら、ジュニーニョ。

また監督として川崎に帰ってきたいだなんて、大丈夫かな。監督なんてできるかな。

でも、そういう日がくるといいね。

じゃあ、本当にさようなら。

本当の本当に、さようなら。

さようなら、ジュニ!


送別会の2日後、フロンターレのオフィシャルサイトに、こんなお知らせが掲載された。おいジュニーニョ。。。
毎年、年初の合流に遅刻し、「ジュニーニョ合流遅れ」のニュースがJリーグの春を告げる風物詩とすらなっていたジュニ。最後までジュニらしいというかなんというか。こんなんで監督なんてできるのかよ。ともかく、あの場にいた3286人はみんな、このニュースを聞いて壮大にずっこけたはずだ。
結局、ジュニーニョはこの5日後の便で無事帰りましたとさ。チャンチャン。
なんだかよくわからないという人のために乱暴に説明すると、川崎フロンターレに9年間在籍したブラジル人エースが34歳にしてついに退団、あと少し現役を続ける場所はこれから求めるが、とりあえずいったんブラジルに帰ることとなり、その帰国2日前に急遽、異例ともいえるお別れ会の開催となったわけだ。すでにホーム等々力のラストゲームで満場のサポーターに涙の挨拶は済ませていたが、ジュニーニョほどの選手の退団にあたっては、やっぱあらためて場を設けたいでしょ、という感じかな。いずれにせよ、奥さんの行かないわけにはいかないでしょ!という一言で、冷たい雨の中、等々力競技場へと向かうこととなったわけだった。
この日はずっと強い雨が降っていた。おまけにめちゃくちゃ寒くて、夜19時からの送別会はいったいどんな感じになっちゃうのか、ちょっと心配ですらあった。
着いたら、一応スタメシは簡易版な感じで機能していたけど、あまりの寒さにみんなが注文するので、熱いおでんはとうとう売り切れになってしまった。
寒そうでしょ。
最初の挨拶のあたりでは、まだ雨は降っていた。この後は一応、サポーター全員がピッチに降りて、ジュニーニョと「ふれあいタイム」ということになっていた。「ふれあい」という曖昧な感じになっていたのは、人数やあるいはまさに天候によって何が可能で何が不可能なのか、その場になってみないとわからないから、ということみたいだった。で、雨はなんと、奇跡的にこの「ふれあいタイム」の直前に止んだのだった。
ここでジュニーニョがしたのは、この場に来たサポーター全員との、握手だった。握手しながら、「アリガト」と一人一人、目を見て言うのだ。この日、来場したサポーターはなんと3286人。途中で発表されたその数字を聞いて、雨は止んだけどさすがに全員と握手は無理だよなと思ったら、なんとそれが始まってしまった。心底驚いた。
僕たちは競技場のトラックに沿って列を作り、そこをジュニーニョが自分で進みながら握手していく。終わった人たちからスタンドに戻り、まだ終わってない人たちがスタンドから降りてきてまた長い長い列を作る。僕と奥さんは、中盤を過ぎたあたりで順番が回ってきた。結局、1時間20分のあいだ、白い息の中で休むことなく「ふれあい」は続けられた。正気の沙汰じゃない。ジュニーニョも、そのくらいしないと感謝の気持ちを伝えきれないんだということが本当によくわかった。
ようやく「ふれあい」が終わると、あとは「ジュニーニョのラストゴール」のイベントを残すのみだった。最後に、ジュニーニョがゴールにボールを蹴り込む姿を目に焼き付けようという企画だ。
ゴールを守ったのは、通訳の中山さん。キーパー用ユニは、松本のものだった。
そして最後の、ジュニゴール。
ゴールが決まった瞬間、コールリーダーがいるコアサポのエリアからサポーターたちがピッチになだれ込んできた。
ジュニーニョに抱きつくサポーターたち。
どんどん増えてくる。
どんどん増えてくる。もうジュニーニョがどこにいるのかよくわからない。
まだまだなだれ込んでくる。みんなで天を指さしている。
もうどうなっているのやら。
大騒ぎとなったラストゴールのイベント後、本当に最後の挨拶がジュニーニョからあった。
最後はジュニーニョも、「キュウネン、アリガト」と日本語で言うのが精一杯だった。いやあ、泣いちゃったなあ。
この送別会に来て、一つ自分でも思いがけない変化があった。最初は、ジュニーニョが別のチームでサッカーをするかもしれないという可能性について考えると、あまりいい気持ちじゃなかったのだが、本人と握手して、「アリガト」と言われて、今後ジュニーニョがどこでサッカーをしようとも、心からそれを応援したいという気持ちになったのだ。すごく遠くて薄いかもしれないけど、でもたぶん、僕たちはジュニーニョと友達になれたのだ。
お互い本当に去りがたい感じだったけど、でも送別会はもう終わりが近づいていた。最後は、スタンドの方を向いて手を振りながら後ろ向きに退場口まで去っていくジュニーニョ。
さよなら、ジュニーニョ。
また監督として川崎に帰ってきたいだなんて、大丈夫かな。監督なんてできるかな。
でも、そういう日がくるといいね。
じゃあ、本当にさようなら。
本当の本当に、さようなら。
さようなら、ジュニ!
送別会の2日後、フロンターレのオフィシャルサイトに、こんなお知らせが掲載された。おいジュニーニョ。。。
毎年、年初の合流に遅刻し、「ジュニーニョ合流遅れ」のニュースがJリーグの春を告げる風物詩とすらなっていたジュニ。最後までジュニらしいというかなんというか。こんなんで監督なんてできるのかよ。ともかく、あの場にいた3286人はみんな、このニュースを聞いて壮大にずっこけたはずだ。
結局、ジュニーニョはこの5日後の便で無事帰りましたとさ。チャンチャン。







涙でジュニーニョのチャントがちゃんと歌えなかったよ・・・
by ふにゃちゅう (2011-12-15 23:17)